工場経理マン雑記

学生時代には経理になるなんて全く考えてなかった人のブログ。経理の実態、就活などについて思うこと書きます。

社会人1年目は「キャリア」に騙されるな

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「キャリア」

 

この言葉が公的な教育機関から宣言されたのは、1999年のことです。

 

中央教育審議会答申に「キャリア教育」という言葉がでてきます。

 

中央教育審議会とは、「教育の振興及び生涯学習の推進を中核とした豊かな人間性を備えた創造的な人材に関する重要事項を調査審議」するものとされています。

 

(こんな完璧な人材いるのか・・・?と若干思いましたが。)

 

この頃あたりから、これからを担う若者たちは「職業観・就業観の育成が不可欠な『時代』を迎え」た、とされます。

 

この背景には、20世紀後半のグローバル化や情報技術の革新があります。

 

キャリアの形成にとって、重要なのは、自らの力で生き方を選択していくことのできるような、「能力」や「態度」を身につけることだとされます。

 

かくして、「キャリア」関連の産業は大幅に成長しました。

 

就活や、入社してから、あるいは転職の際など、どのようなキャリアを望んでいるのかを常に問われる時代となりました。

 

 

 

社会人基礎力にみる能力至上主義

キャリア観念の根底にあるのが、「能力」至上主義です。

 

経済産業相は、2006年に、「社会人基礎力」という概念を打ち出しました。

 

社会人基礎力とは、「前に踏み出す力(アクション)」、「考え抜く力(シンキング)」、「チームで働く力(チームワーク)」の3つを能力の柱としています。

 

雇用する側の企業も、求める「人材像」を積極的にアピールするようになりました。

 

その中にも、どのような「能力」を持った人がほしいか、というのが記載されるようになります。

 

しかし、「能力」とはもともと明確化しにくいものであり、表現しにくいものです。

 

本来であれば、仕事における「能力」とは、働く場で形成され、実体化されるはずです。

 

それが、昨今、入社前にその証明が求められるようになってしまいました。

 

能力形成や、キャリア形成は、個人の努力と責任によって行うものになってしまったのです。

 

こうして就活生は能力のアピールに勤しむことになるのです。

 

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能力を評価することには限界がある

ただ、実際には能力を個人に属する実体として捉えたり、評価することには限界があります。

 

ある結果に対して、誰が、どれだけ貢献したか、そしてそれは、どのような「能力」に基づくものなのか。

 

経理などの明確な指標を持たない職種ではそれが特に顕著です。

 

このことを、僕たちは履き違えてはいけません。

 

世の中は、公平公正なルールや、公平公正な評価によって出来上がっていると考えるのは、非常に危険です。

 

そういう意味では、スポーツや受験は、かなり公平に近いです。

 

これらの世界で成功を収めていると、社会に出た時に、実社会がもっと曖昧でグレーな部分を含んでいることに気づくのに時間がかかるかもしれません。

 

特に就活では、能力を持った人間、ではなく、「能力をアピールする能力」を持った人間が強いです。

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もちろん、採用担当者は、何十人何百人と人をみているでしょうから、ある程度は、そのアピールに潜む本当の能力を見抜く力をもっていると思いますが。

 

能力は、公平に評価されるものではありません。若い人、特に就活生は、このことを意識しましょう。

 

就活を終えた人は、能力の証明は、結局のところ、働くことと切り離すことのできない、実態のないものだという認識をもつことです。

 

そして、企業内の評価の際にも、この能力というのが、今はものすごく重視され、それを評価されるようにアピールすることが大事みたいです。

 

 

入社後もなお続く能力至上主義

僕はこのことに、入社してから気づきました。

 

僕の会社でも、人事評価には「目標課題管理シート」なるものが用いられます。

 

これは、各自の職務上の課題と、それに対する達成度を記入するものです。

 

上席者は、これを用いて人事評価しますが、ここにも、アピールが上手な人と、そうでない人の差があらわれます。

 

例えば、人事畑出身の方は、評価シートには「誰々に〇〇していただき~」という書き方ではなく、「誰々に〇〇させた」、あるいは、「〇〇を動かし~」という書き方をせよ、という方がいます。

 

これ、なんか、就活ぽくないすか?

 

曰く、周りを巻き込んだことをアピールするためにそういう書き方をするべきとのことです。

 

就活ならまだしも、仕事していく上で、そんなんで評価が変わってしまうのだとしたら、これほど残念なことはありませんよね。

 

本当に公正な評価は、会社にはないのかもしれません。

 

 

「キャリア」という言葉に惑わされないためには

キャリアや能力評価に惑わされないためには、何が必要なのでしょうか?

 

就活をしているときに、「『何になりたいか』、ではなく、『何をしたいか』を考えろ」と言われたことを覚えています。

 

例えば、医者になりたい、ではなく、病気の人を助けたい、と考えるのです。

 

病気の人を助けるために医者になるという決断をした人がいるとします。

 

ここで大事なのは、「医者」は目的を達成するための手段でしかないということです。

 

『何になりたいか』という方向性で生きていると、医者になったときに、その人の目標は達成されて、終わってしまいます。

 

『何をしたいか』で生きていれば、病気の人を助けるために、医者ではなく、新薬の開発をする人もいるかもしれません。

 

目的を達成するための手段は、一つだけではないはずです。

 

能力もこれと同じだと思います。

何をしたいかが明確でないと、資格を身につけてもあまり意味がありません。

 

キャリアとは結局、何をしたいかを考え続け、そのために必要なものを手に入れていく過程ではないでしょうか。

 

社会人は難しいです。

 

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