工場経理マン雑記

学生時代には経理になるなんて全く考えてなかった人のブログ。経理の実態、就活などについて思うこと書きます。

僕は「この経験がきっと将来役に立つから」という言葉が大嫌いだ

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受験や部活、あるいは仕事、あるいは就活など、人生には辛い経験がつきものです。

 

そんな時、

「この経験は将来きっと役に立つから」

と言ってく励ましてくれる人も多いでしょう。

 

誰もが一度は言われたことのある言葉ではないでしょうか。

 

しかし、僕はこの言葉が大嫌いである。

 

 

将来ではなく今をどうにかしたいんだ

僕は小学生の頃からあるスポーツをはじめ、中学、高校、大学と、最後の年には必ず部長を務めてきました。

 

部活では、人間関係や組織内のモチベーションの差異などに悩まされることも多くありました。

 

そんな時に、周りの先生たちはいつも声をかけてくれるのです。

 

「この経験はきっと将来役に立つから」

 

と。

 

非常にありがたい言葉です。

 

苦労してる僕をみかねて声をかけてくれたのでしょう。

 

その思いやりには非常に感謝しています。

 

しかし、社会人になってから思うのは、この何か問題が起きた時に「将来役に立つから耐えろ」方式の課題解決(解決してませんが)方法は、何の役にも立たないということです。

 

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僕が高校時代に部長を務めた時、ある部員の部活内での遅刻や練習態度が悪いといった問題が起きたことがあります。

 

僕自身は、大事な試合を控えていたこともあり、そのことに気を揉みながら練習に取り組むといったことが続きました。

 

そんな時に本当に欲しかったのは、将来役に立つからという励ましではなく、今直面している問題を解決するための方法でした。

 

(もちろん、励ましてくれた先生方にはとても感謝しています。)

 

学生のうちの試合というのは、1試合1試合がかけがえのないものでして、とにかく結果を出したいという想いも強くなります。

 

就活や受験もそうです。

 

ここ一番でかならず結果を出さなければならない時があります。

 

その時には、多少辛い想いをしても、人はがんばります。

 

そして、そのような切羽詰まった時、問題は、自分の将来にあるわけではなく、直近の「今」にあるわけです。

 

「どうしたら偏差値があがるのだろうか」

「どうしたら内定がもらえるのだろうか」

 

このようなことに悩んでいるときに、自分自信に「でもこの辛い経験はきっと将来の役に立つはずだ」と言い聞かせても、何にも解決しないのです。

 

問題というのは「いまここ」にしかないのです。

 

 

将来役に立つはずという思考停止状態

「いま苦労していることは将来必ず役に立つ」

 

というのは希望的観測です。

 

もちろん、後になってから、結果として、あの時○○な経験をしたから今の自分があるんだ、と思える時もあるでしょう。

 

ただ、本当に今している経験を役に立てたいなら、この経験が将来のどのような状況で役に立つのか、という部分までしっかりとイメージできていないといけません。

 

『今この辛い経験は、将来、○○するときに必ず役に立つはずだ。だから、今は辛いけど、これをやりきる必要がある。』

 

と思えるのであれば、それはそれで頑張れば良いと思います。

 

問題は、解決したいのに解決策が思いつかなく、途方に暮れているときです。

 

そんなときに、「将来役に立つから」と言われても、結局何も解決しません。

 

ある有名なコーチが、コーチとしての活動を引退する時にいっていたことがあります。その人は、年齢が60を超えていました。

 

「私はもう選手を『教育』することができない。知識と経験はあるから、まだ、『教』えることはできる。しかし、年齢のおかげで選手と一緒に試合にいくことができない。選手と一緒に悩んで、考えることができない。つまり、私には、もう『育』てることができないんだ。」

 

これは非常に意味がある言葉です。

 

この人の中では、「教える」のと、「育てる」のとでは概念が違っています。

 

「育てる」とは、その人と一緒になって悩んで考えることなんだと。

 

僕は、中学、高校時代のとき、部活で起こる問題に対して解決策がわからなくてずっと悩んでいました。

 

本音をいえば、そんな時に欲しかったのは、励ましてくれる人ではなく、「一緒に悩み、考えてくれる」人でした。

 

社会人になって、役に立つのは、将来きっと…といって「逃げる」ことではなく、ひたすらに現実と向き合い、考えることです。

 

残念ながら、先生も、上司も、あなたの「将来」に責任を持ってはくれませんよ。

 

 

将来役に立つかは自分できめろ

社会人になれば、自分が今行なっていることが将来役に立つか立たないかは常に自分で判断していく必要があります。

 

勉強もそうです。

 

文系の人は、高校数学が将来何の役に立つんだ!?と思いながら勉強をした人も多いはずです。

 

何がサイン、コサイン、タンジェントだよ、しらんわ!!と。

 

そう思うならばそういう科目は赤点取らない程度に流して、自分が必要と思う科目に集中すればよいと思います。

 

先生は言います、「この経験が将来役にたつんだ」と。

 

しかし、そういう人に限って、あなたの将来の責任はとってくれません。

 

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というか、自分の人生の責任は自分でとるしかありません。

 

辛い経験は役に立つことも多いですが、全てが役に立つとは限らないのが事実です。

 

例えば、上司からパワハラを受けていた経験が役に立つのでしょうか?

 

これは間違っているとと思ったら、自分で行動するしかありません。

 

自分の将来は自分で決めましょう。

 

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悩んだら先人たちの知恵を借りる

自分で言うのもなんですが、僕は部活関係では結構苦労してきた人間だと思います。

 

その経験から、大学では、「組織論」という学問を学びました。

 

その中には「もっとはやくから知りたかった…」と思うようなことも多くありました。

 

自分が悩む程度のことは、先人達がすでに解決の糸口を模索し、ある程度結論を出している可能性があります。

 

そういう意味で本を読んだり、経験のある人に話を聞くということはとても大事なことです。

 

このこと自体に、もっとはやく気づくべきだったのかもしれませんね。

 

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